高知にミカモトがやってきた。
南関東の名手がやってきた。
昨年9月から騎乗を自粛していた御神本訓史騎手(大井・三坂盛雄厩舎)が、高知で再スタートを切った。
騎乗初日となった2月26日。御神本騎手は、5戦して4勝を挙げた。
半年のブランクをまったく感じさせない手綱さばきであった。
「こんな自分を受け入れてくれて、速い馬に乗せてくれて。高知競馬の方々に、どうやって恩返しをしたらいいのか迷っています」
そう言って、なんだか申しわけなさそうな表情を浮かべる御神本騎手に、赤岡修次騎手が笑いかけた。
「そう思うやろうけど、そう思わんでいいんやで」
御神本騎手の高知での受け入れ先は、雑賀正光厩舎だ。
雑賀厩舎は、「高知武者修行組」の出世頭である本橋孝太騎手(船橋・矢野義幸厩舎)をはじめ、たくさんの南関ジョッキーを預かってきた。
が、御神本騎手の場合は、腕を磨くために高知にやってくるジョッキーとは立場が異なる。
フジノウェーブでJBCスプリントを制したGIジョッキーであり、若き1000勝ジョッキーであり、南関東のトップジョッキーなのだから。
しかし雑賀調教師はきっぱりと言い切る。
「特別扱いは、絶対にしない」
御神本騎手は今、所属の永森大智騎手や高野毅騎手(大井・佐藤壽厩舎)、山下貴之騎手(船橋・川島正行厩舎)と共に、朝の調教はもちろんのこと、午後の厩舎作業にも励んでいるという。
「もう汗ダクになりもって、今までやったことのなかった厩(うまや)の掃除もしてるさかいね。一生懸命やってるから、なにも言うことはないよ」
若かりし頃は紀三井寺の暴れん坊だったという雑賀調教師は、「若い頃は誰もが失敗するんや」と言って、豪快に笑う。
「こんなに腕のある子は、なかなかおらんさかいに。高知の騎手にもいい刺激になると思う。そしてまた、ここの騎手は受け入れてくれる気持ちが十分あるさかいに、ありがたいね」
復帰戦を5着で終えた御神本騎手は、検量所のまわりでなにかを探していた。
きょろきょろとあたりを見回す御神本騎手に、中西達也騎手が声をかけた。
「ああ、レースのビデオを見たいんやろ? そこをまっすぐ歩いていったら部屋があるき、そこで見れるよ」
中西騎手の優しさと、御神本騎手の競馬に対する熱意を垣間見たひとこまだった。
騎手会長の西川敏弘騎手は言う。
「2戦目から、乗り方をきっちり修正してきた。さすがやと思う。癖のある馬に乗っても、癖のあるように見せずに乗ってくる。やっぱり上手い。上手いき、勉強になるよ」
勉強になる――。余談になるが、ふとした会話の中で、高知の騎手って本当に競馬が好きなんだな、と感じる瞬間がたくさんある。
赤岡騎手は言う。
「南関東で上位争いをしているジョッキーがどんな乗り方をするのか、楽しみにしています。高知にとっていい刺激になるし、いいアピールにもなるんやないかな? 違う嵐を起こして帰らなければ、それでOKです(笑)」
御神本騎手と同じ地方競馬教養センター69期生である宮川浩一騎手は、同期の桜の再スタートを、ものすごく喜んでいる。
「攻め馬の乗り方からして綺麗なんで、自然と目で追ってしまうんですよ。御神本と僕ではまったくレベルが違うんですけど、ぶっちゃけ、すごく刺激になります」
長い月日を経て復活した69期のツートップ(by68期の赤見千尋さん)は、調整ルームの2人部屋で寝食を共にしている。
夜は鍋をつつきながら、いろんな話をしているそうだ。
「みなさんよくしてくれますし、宮川の存在は本当に心強いです」と言って、御神本騎手はほほ笑んだ。
初日の騎乗を無事に終えた御神本騎手は、しみじみと言った。
「『競馬に乗れるのは素晴らしいな、自分にはこれしかない』と、あらためて感じました。やっぱり、他のなにをやっているときよりも、馬に跨っているときが一番落ち着きます」
御神本騎手の高知での騎乗は、5月19日まで。
高知での御神本騎手の動向は、全国から注目を集めることになる。
高知競馬にとっても、御神本騎手の復帰を心待ちにしていた人々にとっても、いい意味で刺激的な3ヶ月になりそうだ。
「まだファンでいてくれる人がいれば、馬券で応援してもらえればありがたいです。3ヶ月間、競馬場のために一生懸命働きたいと思います」by御神本訓史騎手
◆御神本訓史騎手◆
1981年、島根県生まれ。
1999年、益田競馬場でデビュー。
デビュー2年目で早くもリーディングジョッキーに輝く。
2002年の夏に益田競馬場が廃止されたことに伴って、大井競馬場へ移籍。
大怪我を乗り越え、南関東のトップジョッキーとして活躍していたが、昨年9月、地方競馬通算1000勝を達成した矢先に10日間の騎乗停止処分を受け、以降は騎乗を自粛していた。
2010年2月19日~5月19日まで、高知で期間限定騎乗する。