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No.01
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馬頭観音堂内部。きゅう舎関係者が準備をしてくれています。向かって一番右側が、馬頭観音像。 |
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No.02
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馬頭観音堂全景。午後12時よりお祭りが始まりました。うららかな春の日差しのなか、お坊さんの読経(どきょう)が聞こえてきます。 |
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No.03
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木製の像が馬頭観音。馬頭観音と言えば当然仏像ですが、神様の方の鳥居があります。古い神社、仏閣はこういう神仏が混在している場合がけっこうあります。 |
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No.04
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たくさんの厩舎関係者が線香をあげ、さい銭を入れて鈴をならし、1年の人馬の安全を拝みます。 |
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No.05
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これが霊験あらたかな馬頭さんのお札。 |
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No.06
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後ろ側に「奉獻」(ほうけん)と刻まれている、手水鉢(ちょうずばち、手水石)。「天保十三年」と年が刻まれています。1842年ということになります。明治維新は1868年から。ちなみに坂本龍馬が生まれたのが、天保(てんぽう)6年です。 |
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No.07
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馬頭観音像の頭部に刻まれている「馬面」。 |
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No.08
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手水鉢の隣の石台。「為往来安全」と刻まれています。人馬往来の安全の為、奉納したということでしょう。この石には、「天保九年」とも刻まれています。京都近江屋(おうみや)で龍馬といるところを襲撃された、陸援隊隊長・中岡慎太郎が生まれた年で、1838年となります。 |
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No.09
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高知競馬の馬頭さんは、元々高知市桟橋の、以前競馬場があった地区で、競馬場ができるずっと前から長く祭られていたものです。地域の方々のご好意で、高知市長浜の競馬場へ持ってくることができました。 |
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No.10
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現在の馬頭観音堂は、高知競馬に在籍していた佐原秀泰騎手の父の宮大工さんにより、釘を1本も使わずに建てられています。 |
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No.11
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引き続き、午後1時より神主さんによる安全祈願祭が行われました。 |
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No.12
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スタンドの1階にたくさんの関係者が集まります。 |
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No.13
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騎手も神妙に、事故のないよう祈願します。 |
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No.14
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神主さんに長靴を履いてもらって、馬場の各コーナーで、お祓いをしてもらいます。 |
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No.15
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御神酒(おみき)。 |
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No.16
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人馬の事故のないよう、皆さまもぜひ画像の神主さんにあわせ、ご祈願くださいませ。 |