サマーチャンピオンでのイブキライズアップのレースには鞍上の、あるいは陣営の強い意志が感じられた。道中一息入れる競馬なら4~5着は普通にあったところを、着狙いではしょうがないとばかりに出ムチから2番手まで押し上げていった姿は“勝ちに行く姿勢”を如実に表していたのだ。通算獲得賞金はまだ500万円足らず、グレードどころか重賞さえ初挑戦の馬が果敢に向かって行ったところが痛快でさえある。場外発売を行った高知競馬場の特別観覧席は平日の昼間であるにも関わらず鈴なりの応援団で埋まり、追いっぱなしで2番手を進む様子に大きな声が上がったという。(高知での)売上げも目標額の140%に上り、高知競馬ファンのこのレースへの関心が高い事を証明した。
花本正三騎手とイブキライズアップがファンの気持ちに残る姿勢を見せた事は、必ず今後の挑戦においても糧となるだろう。
目の前に途方もなく高い壁が出現した時に人が見せる反応は様々である。
ある者はそこに座り込むだろうし、ある者は迂回路を探す。そして別の者は壁を破壊する事を考え、そして他の者は引き返してゆく。中にはよじ登る事を考えた者もいて、それはあまりにも無謀な挑戦であるがゆえ途中で何度も諦めかけるのだけど、壁を作った主はよじ登る者だけを認めるかもしれない…。
そんな事を考えてしまうほど、今の高知競馬には“チャレンジャー”が多い。屈腱炎に立ち向かうナムラコクオー、初勝利に挑むハルウララ、厳しい状況下にあって競馬場を残そうと努力する関係者だってそうだ。
そんな中にあって高知競馬、今年度の第2四半期がここまでの2開催(第6~7回開催)で黒字となっていることが報道された。第1四半期で生じた赤字分を解消してなお黒字に転じたのは、夏に入って場外発売額が好調に転じた事とお盆の本場開催が目標額を大きく上回る数字を残した事による。もちろん経営状況に関してはまだ正に一息をついただけであって、これを今後につないでいかねばならない。高知競馬の“挑戦”は続く。
さて、前回書いたアメリカに続いてオーストラリア、フランスの小規模競馬場について検証してみよう。
オーストラリアには大小500もの競馬場があるとされる。もちろん土地は広大な国だが、人口(約2000万人)を考えれば一見供給過剰とも言える数である。ところがこれらが成り立っていくところが面白い。よく紹介されているようにメトロポリタン(都市)、プロビンシャル(郊外)、カントリー(田舎)といった規模による数種類の競馬場形態があり、競走馬の生産規模はアメリカに次いで世界第2位。生産頭数は1万8千頭にも上る。馬券の売上高は年間7000億円とも伝えられており、これを人口比で考えると日本と差の無い盛り上がりを見せている。これを場外発売のネットワーク組織として支えているのが高名なるTAB。競馬担当大臣までもが存在するお国柄だから、こういったネットワーク作りに一番熱心だったと言える。
筆者が訪れたムイルンバーの小さな競馬場は自然の野原に柵を置いたといった風情ののどかなムードだった。高知県、そして高知競馬とのフレンドリーシップデイとして行われたレースには高知の騎手が騎乗をして大二郎ハンデやサムライハンデといった冠競走もあって大変盛り上がる一日となった。ただしそれでもその日の入場者は多く見積もって300人程度(関係者含む)。売上げは残念ながら把握できていないのだけど、目の前で行われるレースだけならば恐らく競馬開催を支えられないだろう。ただし開催への参加意欲をそそるために一日3勝した調教師にボーナス(1万豪$だったと記憶している)を出すなどの工夫は面白い。ちなみに高知の騎手達(鷹野宏史・北野真弘・西内忍・倉兼育康)が現地の調教師に大変高い評価をされていた、ということを付け加えておこう。
そんなオーストラリアの小規模競馬場が成り立つためになくてはならないのが、やはりTABである。スタンドにあるレストランには数台のモニターテレビがあってひっきりなしに各地からレースの映像を伝えている。来場者はそれぞれのスタイルでビールを飲んだり、食事をしたりしながら目の前の競馬を楽しみ、またはモニターの中のレースに熱中したりして過ごしている。モニターの中の競走はサラブレッドの平地競走に限らない。繋駕競走もあれば、なんとドッグレースまであって驚いた。全豪をつなぐネットワーク、だがしかしファンにとっては自分達がいるレストランこそが世界の中心…。そんな楽しみ方が出来る社交場ならば人は自然に集う。古き良きイギリスの伝統を伝える国だけに競馬開催の事はミーティングと呼ぶのだが、自然に地域の人が集まってくる場所という位置付けと、TABによる収益。これがオーストラリアの競馬を支えているシステムだ。
フランスは競馬開催国として世界でもトップクラスの地位にある。凱旋門賞という古馬選手権のフラッグシップ的競走を行っている事がその象徴だが、実は競馬場数250もヨーロッパではダントツの1位である。2番手グループのドイツとイギリスが60前後だからいかにその数が多いかが分かる。ちなみに世界まで対象を広げてもオーストラリアの500に次いで2位であり、アメリカの約180に水を開けている。もちろん一年中開催している場所ばかりではないが、それにしてもあの国土にこの数だから「競馬場密度世界一」だ。
「フランスと馬」は恐らく軍事と切っても切り離せない歴史があった。皮肉にも騎兵よりも歩兵と火器を用いて成功したナポレオン1世以降にフランスの競馬は発展を遂げるのだが、そこで発明されたのは競馬史のエポックメイキングとなった「パリミュチェル」だ。賭け金の総額から一定の割合を控除して残りを的中者に配分するという、現在日本の全ての公営競技で採用されている方式である。この非常に理性的な方式がフランスで生まれたのは意義深い事で、なぜならブックメーカーという存在が自己責任に由来するいかにもイギリス的資本主義の精神を体現しているのに対して、日本やフランスに見られる社会主義的な発想にとても適しているからである。この差は競馬そのものに対する考え方にも現れていて、「国家が管理すべし」という色合いが日仏競馬には伝統的に見られる。内国産奨励賞といった手当の存在もそうだ。フランスの馬産が一時を除き伝統的に脆弱であることも理由の一つで、日本ではそれはコスト高という言葉に置き換えられる脆弱さであり、両国が農業政策に熱心な国であることも共通する土台と考えられる。
さて現在フランス競馬を平地・障害共に統括しているのがフランス・ギャロだ。日本で言う地方競馬についても免許・登録業務を行っていて、この機関が登場したのが1995年だから比較的最近だ。統括機関が複数あっては様々な問題に直面する事になる。つまり日本で言われている競馬の一本化を一足お先に実現したという事だ。ちなみにフランス・ギャロは小規模競馬場へ補助金交付を行っており、この交付が「高知競馬に3億円を!」という主張の海外での実例となる。日仏という、競馬の在り方に共通点が多い国同士で比較検証すべき事例は意外に多いかもしれない。
高知競馬に3億円を!というタイトルで展開してきた文章も後篇を迎えた。
3億円という数字は象徴的なもので、実際補助金の投入にて経営が改善できるかどうかは地方競馬各場によって状況が異なるとは思う。
例えばキャッシュフローが全く改善されないのに赤字解消の為に、というのでは焼け石に水になってしまいかねない。また競馬全体のシステムが改善されなければ、つまり根っこの問題を解決しなければいつまでも同じ状況が続きかねないという命題がある。それでもこのタイトルで書き始めた理由は
1、高知競馬の累積債務・土地建物の借上げ料を高知県・高知市が負担
経費削減によって劇的にキャッシュフローが改善している
2、高知競馬が行った経費削減の中で賞典奨励費という競馬の根幹に関わる部分は、競走馬生産維持の為に補助金を投入して増額する意義がある
3、規制緩和を含めた発想の転換がないと経営努力に限界が生まれてしまう
といったことを訴えたかったからだ。
1、は先日の開催でついに(今年度)黒字に転換するという状況だ。厩舎関係者の不断の努力と、高知県競馬組合の職員の給与カットにまで至る思い切った経費削減策が、厳しい中で一定の成果を挙げた結果だ。もちろんまだまだ予断を許すものではないが、自助努力の切り札としての場外発売所の設置など、今後も競馬存続への試み“高知方式”の挑戦は続く。
2、については今年度当初の段階で賞典奨励費に占める5着以上の本賞金が約3億2千万円であった事から、3億円の補助額でこれが2倍になるというシンプルな説明をするはずであった。途中で出走手当の減額が行われるなどしてそう簡単に行かなくはなったけれど、再び先日の開催で黒字に転じた事で年度当初の賞典奨励費ベースに戻る可能性が見えてきた。他にもオッズ表示板改修や馬場整備、交流競走施行など必要な予算はあるのだけれど、そこは「出来高払い制」。今のところ自助努力を続けるしかない。
3については書き出せばきりがないだろうからいずれ別の機会にとも思ったが、ある高知県競馬組合の職員に簡単に「要望」を書いてもらったので紹介してみよう。シンプルに案として出たものを箇条書きにしてみる。
☆場外発売所設置許可の規制緩和(イベント会場での特設発売、コンビニ発売など)
☆電話投票申し込みの手続き簡略化、プリペイドカードでの購入など
☆投票賭式の規制緩和(特払いのキャリーオーバーなども)
☆共同馬主の規制緩和
☆共同広報(競輪や競艇のように全国規模での広報)
☆輸送システムの確立(競馬場間の輸送をコストダウン、将来の外厩制に対応)
☆投票システムの共通化(トータリゼータシステムのシームレス化、コストダウン)
☆電話投票システムの共有(どこの場でもいつでも買える)
☆競走等データの共有化(JRAのJARIS、NARのRINCS)
☆映像配信システムの開発(共有化でコストダウンを)
☆データ送信システムの開発(競馬専用システム)
規制緩和の部分はともかくとしても、競馬主催者がたくさんあるが故の弊害はすぐにでも是正すべき部分が多いと感じる。コストダウンのためにあらゆる業者が試行錯誤を重ねるご時世に、上記のような無駄遣いが多いことは競馬産業の脆弱さを生み出す原因となっているだろう。いずれにせよこの話題はまた別の機会に取り上げたい。
問題は山積みのようだが、冒頭に書いたとおり高知競馬場を残すためという“挑戦”は続いている。小規模競馬場が果たす役割は日本の競馬全体にも大きい。四国唯一の高知競馬は、一年通して雪が降らない温暖な気候を生かして競走馬の一大保養地となれる可能性も持っている。故障馬や気性難の馬を再びレースに送り出せる魔法を持った職人達がいる。ハルウララの挑戦を暖かく見守る事のできる、南国ならではの馬事文化はどうだ?
「高知競馬に3億円を! 」
もう一度その意義を考えてみて下さい。
日本の競馬の将来の為に…。