誰が為に馬は走る

 最新の脳科学は面白い。特に心惹かれるのは量子脳理論だ。
我々は自分に「自己」である「意識」が存在して、外界からの情報や刺激を「デカルトの劇場」と呼ばれる脳内映画館で見て判断なり処理をしていると考えがちだが、実際にはそんな脳内劇場は存在せず、我々の「意識」は量子現象によって説明されるのだという。
 イギリスの数学者、ロジャー・ペンローズが「皇帝の新しい心」(みすず書房刊)にて示したそんな意識の考え方は当初批判も多かったが、微小管学者のスチュアート・ハメロフがこれを援護。今度は「1万個のニューロンが起こす量子干渉があなたの意識だ」という説を発表する。まあ詳しい説明は筆者の力量とこの紙幅ではとてもではないが、そういえば激しい感情を覚えた時に大きく深呼吸をするとすっかり落ち着いてしまうことがある。たくさん酸素をもらった各個細胞から「良い干渉」が起きているのだろうか。これが本当なら我々の意思だの想いなどの正体は想像と随分違ったものだ。
 理解するヒントはゾウリムシにあるという。ゾウリムシは単細胞生物であるにも関わらずエサを探して這い回り、捕食者から逃れ、相手を探して生殖行為を行う。ならば人間の体にある無数の細胞がそれぞれ「意識」を持ち、ニューロンを通じて干渉しあうのが我々の考えている「意識」の正体ではないかというわけだ。臓器移植を行った際に性格の一部が変化する…なんていうのはオカルトの範囲かと思っていたが、これなら説明が出来る。医学、数学、物理学、哲学らがクロスオーバーする激論の推移から、今後も目が離せない。

 この脳科学の最新学説はマクロに置き換えれば多数の人間が干渉しあう「社会」のメタファーにもなっている。大いなる意識は存在せず、ミクロたる個々人の信号が結果として社会を形成するというシミュレーション…。“耳たぶ”にも意見があるので聞いて欲しいのだが、やはり最大派閥の“肝臓”や“大腿筋”にはかなわないものであろうか。

 
 さて競馬の話題の前にプロ野球。

 今回の近鉄・オリックス合併問題で、一気に日本のプロ野球が抱えていた問題が白日のもとにさらされる。テレビ放映権料のことなども一般の人々の話題にのぼることだろう。根来泰周コミッショナーが合併構想発表後すぐに2リーグ制が望ましい旨の発言をしたことはさすがだったが、その他の「偉い人たち」の対応はもろに自己の権益に関わる内容ばかり。プロスポーツを私物化するという50年来の動きはまったく省みられることなく、この期に及んで8球団くらいが身の丈に合っているとは恐れ入る。元々身の丈に合わないものにしてしまったのは誰なのか?経済力で優勝を買いたいと思えば、ドラフト制度をなし崩しにしてFA制度を導入することで簡単に実現する。それによって経済力のない球団が窮地に追い込まれ、野球界全体が不健全になったとしても知ったことではないわけだ。
 
 結局、この国は一事が万事同じことをやっている。野球でも年金でも全てのジャンルでだ。キーワードは“当事者意識の欠如”。誰が誰の為に、という論点など「偉い人」は持ち合わせていない。投票率の低下、出生率の低下、これは何らかのまやかしがもたらしたものツケのようなものだ。
 しかしこれだけは言っておこう、スポーツにはそんなまやかしは通用しない。衣・食・住なら最後はどうしても必要なものだが、スポーツには理念がなくては誰も参加しない。球場に足を運び、テレビ中継を見る人々に一番発言力がないという状況は明らかに矛盾している。ファン不在、無視も甚だしい。スポーツとしての盛り上がりを考えれば、札幌から福岡までのフランチャイズ化と戦力均衡化を経て日本シリーズが行われてこそ、野球全体の活性化と国民への娯楽の提供が達成される。それとも野球は商売のみです、と開き直るつもりだろうか。 

 さて競馬の話に戻ろう。

 競馬法改正案が参議院先議から衆議院を通過、成立した。
この改正案に至る経緯については長い長い前振りがあって、ともすれば2001年(もう3年前だ)にまで遡る冗長な話になってしまうわけだが、ともかく今回の改正内容を紹介すると、
(便宜的に項目に数字を振った)

1、
勝馬投票券の発売業務を私人に委託できるようになる
また中央・地方間での受委託も可能となる

2、
地方競馬の経営難を改善させる為、ブロック化を推進
その推進に経費の補助を行うが、財源にはJRAの特別振興資金を充てる
 
3、
経営が苦しい地方主催者について、一号交付金の納付延期を認める
競馬を廃止する場合には納付延期分を清算費用に充てる事が出来る

4、
重勝式の発売、また的中者がいない場合のキャリーオーバーを認める
ただし払い戻し額には上限を設ける

5、
勝馬投票券の購入について、成人の学生・生徒にもこれを認める

6、
主催者による擬似投票行為を認める

などとなる。

 高知競馬にあてはめて考えるならば、まず1、については書いてある通りで民間に馬券の発売業務を委託する事が可能になる。新規の場外発売所などで選択肢が拡がることだろう。また勝馬投票券の発売業務は公金扱いのため、以前からその大変煩瑣な会計がデメリットとして指摘されてきた。
 中央・地方間の受委託についてはこれまで岩手県競馬組合や兵庫県競馬組合がJRAとやってきた相互発売とは意味合いが違い、より欧米のサイマルキャストにニュアンスが近づく。これが実現すれば高知競馬場やパルス場外で有馬記念が楽しめたり、あるいは3ヶ月前の高知競馬春祭りのような場合にJRA施設で発売をしてもらうというようなことが可能になる。
ただしポイントは委託手数料の割合で、地方間の発売だと13~15%くらいが主催側から発売側に入るのだが、JRAのレースを地方で発売する場合には1%が慣例だと聞いている。この数字を大幅に変えてまで受委託が成立するのかどうかは未知数だ。もっとも海外で小規模競馬場が経営を成り立たせているのはサイマルキャスト発売の収入を抜きには語れないことを付け加えておく。

 2、地方競馬振興策として財源が準備された。5年で100億円規模とも言われているが、ブロック化推進費用との意味付けがなされている。高知競馬にとってのブロック化とはどういうものとなるか。高知競馬は設置者・主催者、競馬関係者やファンも含めて他の競馬場に負けないほどの存続への努力が続いている。その努力への追い風になる方向性を期待したい。

 4、重勝式におけるキャリーオーバーはキラーコンテンツとなりうる可能性がある、と思ったら上限額があるとのこと。こんな広報例もあるかと思ったのだが…。
 「明日の高知競馬のピック6キャリーオーバーは3億円です!」

 6、ノミ行為対策が可能に。特にネット上の今後の動きに対応することが重要なことだと考えられているようだ。

 
 さて筆者はこの内容について評論する立場にはないが、ただ日本競馬のドラスティックな構造改革を期待しているだけにまだ半歩前進までと捉えている。日本の競馬を将来的にどうするべきかというヴィジョンがまだ見えてこないのだ。ここにも当事者意識の欠如は見え隠れする。
 ちなみにこの改正案の土台とされる提言をした「我が国の競馬に係わる有識者懇談会」で座長を務めたのは、奇しくも現プロ野球コミッショナー・根来泰周氏であった。この2つの問題に両方関わった根来氏の心中はいかに。一般人として野球や競馬を考えればすぐに出てくる妙案や疑問も、一度内部を覗いてみれば既得権益や慣習によってがんじがらめにされて動けない、というのはよくある話だ。

 過日、プロ野球・北海道日本ハムファイターズのヒルマン監督が「(合併・再編問題は)一部の球団の判断に偏るべきではない」旨の発言をしたとある。名門ヤンキースが認める新進指導者だけに、日本球界の欺瞞を見抜いて発言せずにいられなかったのだと思われる。外国人監督が発言したという事は国内では反論すら許さないムードがあることの裏返しでもある。しかも日本ハム球団は札幌移転で変身したばかり。北海道に根付いて愛されるという球団作りはメジャーリーグをモデルにしており、福岡ダイエーらに続いて新しいプロ野球の姿を目指すものだ。
 札幌にはJリーグのコンサドーレもある。振り返れば、日本のプロスポーツにおいて最もグローバルスタンダードに近いのはサッカーだろう。サポーターという“ユーザー”がチーム経営にまで影響力を持つスタイルは立派だ。プロとアマが有機的に統合され、チェアマンがおり、全体に利益をもたらす方向を模索するシステムを構築している。プロ化してたった十数年でこれだけの強化を図れたことと無関係ではない。そうサッカーは幸いな事に“意思”を持つ事に成功した。

 さて競馬はどれだけサッカーのような“意思”を持ちうるのだろうか。横浜で最初の近代競馬が行われてから140年あまり、サラブレッドの生産が本格的に始まってから約100年。最初は途方も無い距離の旅に出たような作業だったであろう。ついこの前まではちょんまげを結って馬上にあった人々が見た見果てぬ夢、それでいて強固な意思。今ではホームのジャパンカップで勝つのは普通の出来事となり、父内国産のフジヤマケンザンが香港カップを勝ち、日本人の生産馬(エルコンドルパサー)が凱旋門賞で2着となり、内国産の牝馬(トゥザヴィクトリー)がドバイワールドカップで2着に食い込むほどの驚異的な発展を遂げた。サッカーに例えればFIFA・W杯で上位になるほどのインパクトを世界に与えていることになる。
 しかし残念ながら日本の競馬・馬産は今後縮小に向かう一方になるかもしれない。それは未来において日本の競馬に主体たる当事者が不在であったからだと総括される事になるだろう。つまり、今後の日本競馬がどういう形で発展することが理想であるかと問う“意思”が欠けていたと言われるのだ。そうそうユーザー不在の感覚も付け加えておこう。競馬全体で年間約3兆5千億円。内払い戻されない控除分、8750億円もの“出資者”であるにも関わらず。

~追伸~

 1999年に高知競馬検討委員会が立ち上がり、いわゆる存廃問題がスタートしてから5年が経過した。数々の紆余曲折を経ながらも、今もこうして次の競馬を考えながら仕事が出来るのはありがたいことだ。ちなみに今週はマルチジャガーの瀬戸内賞遠征がとても楽しみ。
 知り合いの熱心な競馬ファンが将来の夢をこう語ってくれた。
「仕事を定年退職したら、年金から百円単位の馬券を買って、毎週高知競馬の馬を見ていたいんですよ」。
彼のような人のためにも高知競馬を残せるよう、やれるだけのことはやろう。誰のために馬は走り、歓びを与えてくれるのか。それをじっくり考えながら…。

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