たった1頭の馬が、ある競馬場の存廃を背負って走る、なんてことは一般的にはありえないかもしれない。1頭の競走馬にどれだけのことが出来るのか?
オグリキャップが笠松在籍のまま中央競馬のビッグレースを席捲していれば可能?いや、それでも今度は地元で走る機会が少ないというジレンマが現れる。
しかし2年前の春、非常に厳しい状況を迎えた高知競馬にとって、イブキライズアップは経営を支える“かまど馬”になった。底を見せぬ連勝馬は目前のレースそのものよりはるかに大きい夢を見せることが可能で、そしてまた彼の芦毛の馬体はその夢を載せるに相応しい美しさを持っていた。彼の夢の続きは“たられば”でしか語れなくなってしまったが、ファンや関係者が高知競馬浮揚の期待をかけたという稀有な存在の馬であったことは確かである。
今、この文章を書いている筆者の手元に茶色の封筒がある。中には白い紙で丁寧に包まれた、一掴みほどのきれいな毛髪が入っている。長さ20センチ位に整えられたその毛髪は、毛先に向かって段々と細くなり、存在を淡いものへと変えている。なんと繊細なたたずまいなのか。大半は白色で、全体の数%程度が亜麻色に輝いている。匂いはとても甘くて優しい。この毛髪の持ち主がよく手入れをされていた証であろう。そう、これは宮路洋一調教師夫妻のご厚意で筆者に頂いたイブキライズアップ号の遺髪である。こうやって身近で観察してみると、グレイと呼ばれる芦毛の毛色は実は一本一本が灰色なのではなく、純白色の毛に原毛色(栗毛、鹿毛、青毛など)の毛が一定の割合で混ざる事によって灰色がかって見えることがよく分かる。幼駒の時には栗毛や青毛に間違われそうな芦毛も沢山いるが、両親のいずれかあるいは両方が芦毛であり、眼の周辺に白色毛が認められればその子馬は芦毛であると判別されると、日本中央競馬会・競走馬総合研究所編の「馬の科学」(講談社刊)に記されている。
それにしても芦毛の馬には不思議な独特の魅力がある。馬の毛色にはそれぞれに個性があって、例えば栗毛なら筋骨隆々でマッチョなイメージがあるし、青毛や黒鹿毛のような黒い馬は精悍でいかにも強そうな雰囲気を醸し出す。芦毛は異端児のムードがあって、歴史的にも軍馬としては戦場で白く目立つから嫌われ、気性が荒い馬が多いから“悪し毛(あしげ)”と呼ばれたりもした。
しかし、派手好きのナポレオンが愛馬にしてからは王者の乗る馬というイメージにもなったりして、まあエピソードには事欠かない。オグリキャップやクロフネのような“突然変異的”な名馬が現れるのも特徴だろう。年齢を経るごとに白さを増していくところも神秘的で、仙人のようでもある。
血統的にも芦毛は特殊な存在である。通常、親馬から仔馬に伝わる遺伝要素は目に見えないか、あるいは立証できない事項が多い。優秀な競走能力が父母やその祖先のどこから伝わったものかは意外と証明しにくいのだ。ところが毛色は見た目ですぐに判断できる上、芦毛に至っては隔世遺伝がないため、どの先祖から伝わったものか確定しやすいのである。一般的には、サラブレッドにおける芦毛は全てオルコックアラビアンという1頭の東洋種から伝わったと言われている。そういえば筆者が競馬の勉強を始めた頃に写真(季刊名馬、緑書房)で見た純血アラブの種牡馬は芦毛で、その姿は思わず息を呑むほど美しかった。サラブレッド三大始祖と呼ばれるダーレーアラビアン、ゴドルフィンバーブ、バイアリータークは父系子孫を世界中に残したが、同じようにイギリスに運ばれたオルコックアラビアンは父系子孫こそ途絶えたものの、東洋種の美しい芦毛を世界中のサラブレッドに広めたという事になる。これも立派な300年ロマンのひとつと言えるだろう。
サラブレッドの全ての芦毛馬がたった1頭の先祖に遡れると言うのなら、試しにやってみようと思い立った。イブキライズアップやその他の現代の芦毛馬からオルコックアラビアンまで辿る旅である。使う資料は2つだけ。当該馬の血統表と「ファミリーテーブル第4巻」(日本中央競馬会・日本軽種馬協会刊、サラブレッド血統センター編)だ。これなら恐らく1700年代初頭の生まれとされるオルコックアラビアンまで辿り着くだろう。旅のルールはいたってシンプル、
◎ 芦毛馬は、両親の一方あるいは両方が芦毛である
という原則に従って順番に芦毛の親馬を調べていけばいい。問題は両親ともが芦毛だった場合で、これは両方調べなければならないので手間が二重になる。
そうこうして調べ始めると、この調査はザテトラーク(1911年生まれ)以前と以後の2ブロックに分けてみると簡単なのに気が付いた。ザテトラーク以降に生まれた芦毛馬は、そのほとんどがザテトラークの芦毛を引き継いでおり、わずかな例外もザテトラークの父Roi Herode(1904年生まれ)や世代差のない同系から出ているからである。ということは、現代の芦毛馬からはどういう経路でザテトラークに辿り着くかを調べればいいのであって、後はザテトラークから過去に遡ってオルコックアラビアンまでの芦毛系統図を作ればいいのだ。
ところでこのザテトラーク(The Tetrarch)は凄い。見た目も競走成績も繁殖成績も全てにおいてである。斑(まだら)の芦毛で見た目は異形そのものだったが、走らせてみるとイギリスで2歳戦を7戦全勝(!)。シャンペンS、コベントリーS、ナショナルS、ウッドコートSを勝ったとあるから、今でいう2歳重賞は総なめといったところだろう。残念ながら球節の故障で早期に引退したそうだが、種牡馬としても大成功。直仔のテトラテマは英2000ギニーを勝ち父系を次の世代にまで伝えたし、残念ながら芦毛ではないが我が国の伝説的ダービー馬・トキノミノルはテトラテマの父系孫である。またなんと言ってもザテラークが伝える圧倒的なスピードは、ある牝馬との出会い(交配)によって現代競馬を大きく変える事にまでなった。やや脱線するが、芦毛の勢力を広げる大きな要因となった相手の牝系、アメリカスガール(1905年生まれ)の一族を紹介してみよう。
☆Americus Girl (1905) 栗毛・父Americus ナショナルプロデュースS
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(その娘)Lady Josephine (1912) 栗毛・父Sundridge コベントリーS
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(その娘)Lady Juror (1919) 鹿毛・父Son-in-Low ジョッキークラブS
Mumtaz Mahal (1921) 芦毛・父The Tetrarch シャンペンS、ナショナルS
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(その娘)Mah Mahal (1928) 芦毛・父Gainsborough
Mumtaz Begum (1932) 鹿毛・父Blenheim
Rustom Mahal (1934) 芦毛・父Rustom Pasha
さあ、とにかくキラ星の如く活躍馬が並ぶこの一族だが、上記の表を見てお分かりの通り、アメリカスガールの娘でコベントリーSを勝った快速牝馬レディジョセフィンにザテトラークを配合して生まれたのがマムタズマハル(1921年生まれ)である。マムタズマハルは両親の能力を受け継ぐ走りで“空飛ぶ牝馬”と呼ばれた。しかしこちらもまた繁殖入りしてからの業績が凄まじい。上記の3頭の娘達を経て出した子孫には芦毛のイギリスダービー馬、マームード(母Mah Mahal)、アガ・カーン3世の持ち馬としてチャンピオンS・コベントリーSを制し、後に名種牡馬となったナスルーラ(母Mumtaz Begum)、シャンペンS・ジュライカップ2回など快速を引き継いだアバーナント(母Rustom Mahal )らがいる。特にナスルーラといえば種牡馬としての大成功が特筆されるだろう。ここでナスルーラの主な産駒を記してみる。
(主な勝ち鞍、直系種牡馬*一部非種牡馬)
ネヴァーセイダイ
(英ダービー)ネヴァービート、コントライト、テンポイント
ボールドルーラー
(プリークネスS)セクレタリアト、シアトルスルー、ラッキールーラ、エーピーインディ、カポウティ
グレイソブリン
(なし)フォルティノ、カロ、タマモクロス、トニービン、ジャングルポケット
ネヴァーベンド
(シャンペンS)ミルリーフ、シャーリーハイツ、リヴァーマン、ミルジョージ、ミホノブルボン
プリンスリーギフト
(なし)テスコボーイ、トウショウボーイ、ミスターシービー、カツラギエース、サクラユタカオー、サクラバクシンオー
レッドゴッド
(なし)ブラッシンググルーム、レインボークエスト、クリスタルグリッターズ、サクラローレル、マチカネフクキタル
ここまでに挙げた子孫だけでも、現代競馬にどれだけの影響を与えたか計り知れないが、その他にも現代に重要な影響を与えた血脈が現れている。Mumtaz Begumの孫(娘の息子)にあたるのがロイヤルチャージャー。ロイヤルチャージャーはその直父系としてターントゥ、ヘイルトゥリーズンと枝を伸ばしている。そう、つまり日本において泣く子も黙るサンデーサイレンスとブライアンズタイムも(他にタイキシャトルなども)この一族無くしては登場しなかったことになる。20世紀の血統地図に多大な足跡を残した牝系と、そこに大いなる貢献をしたザテトラークの存在はあまりに大きい。ザテトラーク以降の芦毛馬の殆どがザテトラークの遺伝子を受け継いでいるという事実も、その存在の偉大さを物語っている。
さあ、それでは芦毛の話に戻ろうか。
まずはザテトラークへと遡る作業である。
3頭の芦毛根幹種牡馬を挙げておく。これを基本知識としておけば現代の代表的な芦毛馬を簡単にグループ分けする事が出来る。
1、マームード(Mahmoud 1933年生 英ダービー)
マームードは上記の通り、母がMah Mahal でその母Mumtaz Mahalがザテトラークの産駒。芦毛を引き継いだ父系子孫にはThe Axe (マンノウォーS)やAl Hattab (Monmouth Invitational Handicap、現在のハスケル招待ハンデ)がいる。マームードからThe Axe と来るラインから引き継ぐ芦毛馬は現在は米国血統で、そのせいか白くなるのが早い(早熟?)ような気がする。またAl Hattab は父The Axe だけでなく母Abyssinia も芦毛で、Abyssinia の父アバーナント(上記参照、母Rustom Mahal )からザテトラークに遡れる。Al Hattabが父母どちらの芦毛を受け継いだのかは断定できないが、どちらにせよザテトラークへ辿り着くのだ。ちなみにブラックタイアフェアー、ミシル、リローンチらの芦毛種牡馬群は母の父がAl Hattab か若しくはThe Axe である。
2、グレイソブリン(Grey Sovereign 1948年生)
父はナスルーラでもちろんザテトラークの血脈を受けているのだが、残念ながらナスルーラの毛色は鹿毛。グレイソブリンの芦毛は母、母の父、母の父の母、母の父の母の母と遡り、その父にザテトラークが登場する。父系として芦毛が続いており、フォルティノ(アベイユ・ド・ロンシャン賞)からカロ(仏2000ギニー)、コジーン(BCマイル)、ティッカネン(BCスプリント)のラインが有名。カロのラインではゴールデンフェザントやシャルード、ビワハヤヒデ、プレクラスニーも直系の芦毛。日本でもフォルティノからシービークロス、タマモクロスと芦毛の父系ラインが続いている。ちなみにミスタープロスペクター系の芦毛アンブライドルズソングは母の父がカロ。
3、ネイティヴダンサー(Native Dancer 1950年生 プリークネスS、ベルモントS他)
アメリカで22戦21勝。唯一負けたのがケンタッキーダービーだった。テレビの登場と時を同じくして活躍したが、白黒テレビに映る芦毛はいつの間にか先頭に立つように見えたため「灰色の幽霊(グレイ・ゴースト)」と呼ばれた。母、祖母、曾祖母さらに曾々祖母まで代々母系が芦毛で、4代母の父にザテトラークの父Roi Herodeが現れる。直系の代表産駒レイズアネイティヴが栗毛だったため、その子孫である種牡馬ミスタープロスペクターやアリダー、アファームドらには芦毛が引き継がれていない。ちなみにオグリキャップの父であるダンシングキャップ(父ネイティヴダンサー)は芦毛だったが、オグリキャップは母も芦毛なのでどちらの芦毛を引き継いだのかは断定できない。
代表的な芦毛根幹種牡馬はこの3頭で十分。この後は簡単に分からないような現代の芦毛馬を挙げて、ザテトラークへの道を辿ってみる。
☆ホーリックス(Horlicks 1983年生 ジャパンカップ)
日本ではオグリキャップが2着だったジャパンカップでレコード勝ちしてすっかりお馴染みの牝馬。さすがに南半球ニュージーランドの生産馬だけに血統の方は馴染みがないかと思いきや、父系がフェアトライアル(Lady Jurorの子孫)だったりして20世紀前半のイギリスの血統がかなり入っている。芦毛は父の曾祖母King’s Storyの父の祖母がザテトラーク産駒。ややこしいけれど、NZ産馬でもザテトラークまで辿れた事にホッとした。産駒のBrewが2000年のメルボルンカップを優勝したのはなんだか嬉しかった記憶がある。
☆ファビラスラフイン(1993年生 秋華賞、JC2着)
NHKマイルカップの惨敗と、人気薄で快勝した秋華賞の姿のコントラストがいかにも芦毛馬らしい不可解さを醸し出していた。グスタフ(グレイソブリン直仔)産駒のプレストウコウが距離云々を言われながら菊花賞を勝ったように、芦毛馬には何が隠されているか分からないという印象を与えた1頭だろう。
最もジャパンカップであのシングスピールとタイム差無しの2着に頑張ったのは相当な実力がなければ出来ない芸当だ。母の父Kaldoun がカロ産駒の芦毛。
☆スキップアウェイ(1993年生 BCクラシック、ジョッキークラブGC2回他)
クラシックは勝てなかったものの、3歳の秋以降は王道路線で大活躍した名馬。ダマスカス系のSkip Trial産駒でダート向きの先行力が武器だった。芦毛は祖母の父から、その母の父マームードに遡る。実は父系にもマームードを持っており(毛色は関係なし)、このクロスは興味深い。
☆ホーリーブル(1991年生 トラヴァーズS他、G1を6勝)
ラフンタンブル系の異色血統。競走成績はトラヴァーズSでコンサーン(BCクラシック)を破るなどなかなかのもの。種牡馬としてもBCジュベナイルのマッチョウノを出した。母、母の両親がいずれも芦毛だが、母の父がAl Hattab (上記参照)、祖母の父がGrey Dawn 。Grey Dawn は母の父がマームードである。
☆エルプラド(1989年生 愛ナショナルS)
BCクラシックやドバイワールドカップで2着したMedaglia D’oro、日本ではエイシンサリヴァン(セントポーリア賞)などが走って注目のサドラーズウェルズ系種牡馬のエルプラドも芦毛。現役時代はアイルランドのナショナルS勝ちがあり、北米での種牡馬成績も上々。芦毛は曾祖母の父マームードから。
☆メジロマックイーン(1987年生 菊花賞、天皇賞・春2回、宝塚記念)
父メジロティターン、祖父メジロアサマがいずれも芦毛で天皇賞馬。日本競馬史上に残るであろうこの三代に渡るドラマに芦毛伝説が花を添える。メジロアサマの母スイートが芦毛で、その芦毛はスイートの父First Fiddle、その父Royal Minstrel、更にその父テトラテマ(Tetratema )から受け継がれている。
ちなみにスイートの母系はラトロワンヌ(La Troienne )から幾多の名馬を生んだ超名門。イージーゴアやプレザントタップ、ナンバードアカウントやリズム、さらにはマームードの直系として今回何度も名前が出たジアクス(The Axe )もこの牝系の出身。
☆スキーキャプテン(1992年生 きさらぎ賞)
フジキセキとの名勝負を演じた朝日杯を2着。日本調教馬として初めてケンタッキーダービーに挑んだことでも著名な馬。母は名牝スキーゴーグル(エイコーンS)で、そのスキーゴーグルから5代の母が全て芦毛。そして5代母の父がマームードである。
☆シーホーク(1963年生 クリテリウム・ド・サンクルー、サンクルー大賞)
日本ダービーのウイナーズサークル(芦毛)、アイネスフウジンを出す。曾祖母の両親がいずれも芦毛で、どちらかかあるいは一方を引き継いだ。曾祖母の父はマームード。曾祖母の母の父はBelfonds、その父Isard も芦毛。更にその父がザテトラークの直系祖父Le Samaritain となる。
☆クロフネ(1998年生 NHKマイルカップ、JCダート)
芦毛馬の神秘的な力をまざまざと見せ付けたダートのワンダーホース。父フレンチデピュティの産駒はいかにもの栗毛馬が多いだけに、芦毛に出たこの馬は何かまったく違うものが出た雰囲気を漂わせていた。母、祖母と芦毛で、この芦毛は祖母の父アイスカペイドから来る。アイスカペイドの母の父がネイティヴダンサー(上記参照)だ。
☆オグリキャップ(1985年生 有馬記念2回、安田記念、マイルCS他)
突然変異と呼ばれた代表的な芦毛馬。血統表を見るとマンノウォーやフェアトライアルの血が興味深いが、まあ芦毛らしい突然変異という事で…。ネイティヴダンサーの所でも書いたが両親共に芦毛。なのでどちらの芦毛かは分からないが、父系の場合はもちろん父ダンシングキャップから祖父ネイティヴダンサーへ。母の父シルバーシャークの場合は、その母の父パレスタインからさらにその母の父テトラテマという流れになる。
☆イブキライズアップ (1998年生 高知県知事賞)
芦毛について書こうと思うきっかけを作ってくれた高知競馬の芦毛の名馬。
母、祖母、祖母の父Al Hattab が芦毛である。Al Hattab の父The Axe (マンノウォーS)も芦毛で、その父がマームード。上記の通り、マームードの母の父はザテトラーク。ちなみにイブキライズアップとマームードは立ち姿が非常に良く似ている。
というわけで、現代の名馬からザテトラーク(あるいはその父系の上下世代)に遡るという芦毛の旅、近代ブロックの紹介は終了。仕上げに今度はザテトラークからオルコックアラビアンまで一気に辿っていこう。1787年生まれのBabの両親が共に芦毛だったので、両方を併記してある。最後の最後で混乱するかなと不安になったが、きっちり同じ世代数で旅の最終地点に到着した。東洋からはるばるイギリスへと運ばれて、現代のサラブレッドの(恐らく殆ど)全ての芦毛馬の“芦毛の祖”となったオルコックアラビアンの名前へと…。
◎ The Tetrarch (1911)シャンペンS、コヴェントリーS、ナショナルS
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父 Roi Herode (1904)
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父 Le Samaritain (1895)ドーヴィル大賞、ダルー賞
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父 Le Sancy (1884)ドーヴィル大賞2回、ダルー賞、ガネー賞
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母 Gem of Gems (1873)
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父 Strathconan (1863)グレートヨークシャーS
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母 Souvenir (1856)
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父 Chanticleer (1843)ドンカスターC
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母 Whim (1832)Anglesey S
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父 Drone (1823)
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父 Master Robert (1811)
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母 Spinster (1805)
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母 Sir Peter Mare (1797)
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母 Bab (1787)
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父 Bourdeaux (1774) 母 Speranza (1778)
その母 Cygnet Mare (1761) その母 Virago (1764)
その父 Cygnet (1753) その母 Regulus Mare (生年不詳)
その母 Blossom (生年不詳) その母 Crab Mare (1750)
その父 Clab (1722) その父 Crab (1722)
その父 Alcock Arabian その父 Alcock Arabian