表彰台の上にいる幸英明騎手は端正な顔立ちを少しも崩すことなく、「今日は僕は何もしていません、馬(ブルーコンコルド)が強かったです」と満足感と自信を秘めた表情で答えた。そして表彰式が終わると丁寧にファンとの握手をこなしていく。口取りの写真撮影があるため、それほど時間に余裕があるわけではなかったのに、サインするには余裕がないけれど出来るだけ握手はします、という状況を殺到するファンに説明しながら、素晴らしいプロ騎手としての立ち居振るまいを披露してのち、口取りへと向かった。
それにしてもブルーコンコルドは強かった。勝った後の服部利之調教師のコメントも今回のレースに対する確信に近い勝算を裏付けるものだった。「馬には100%の出来と言うのはないからね」と前置きした上で、「フェブラリーSは9分の出来でした。それから4週間というのは本当に馬を仕上げやすいんですよ。今回も前回に近い出来にまで持ってこれました」と続ける。
そのブルーコンコルド。スタートして200m程すると混戦となった好位集団の内を選んで上昇。幸騎手は「出来れば内の深い所は通りたくなかったんですが」ともコメントしたが、やや掛かり気味の馬をなだめながら先行するディバインシルバーの直後まで進出。筆者の手元で前半2ハロンが23秒7だから決して速いペースではない。ブルーコンコルドはそのペースを鞍上が抑え加減のまま追走して、3コーナーから早めに堂々と抜け出して行った。そしてゴール板では後続に6馬身差を付けるという完勝劇を完成させたのである。例え大外を回っていても楽々と各馬を捉えていたであろうと確信させる脚勢。1400m右回りという条件における、他馬との絶対的な能力差を見せ付けるレースとなった。次走はかしわ記念か、かきつばた記念とのことだが、G1を選ぶ可能性が高そうだ。
G1馬のため息の出るような圧倒的パフォーマンスに対し、若武者・山崎誠士が手綱を取ったロッキーアピールの2年連続となる好走もスタンドの大歓声を誘った。前年と同じくディバインシルバーの好位追走から最後まで上位争いを演じ、昨年はノボトゥルーにハナ差交わされての3着も、今度は逆にニホンピロサートの猛襲をハナ差抑えて2着を守った。ブルーコンコルドの幸英明騎手、そしてロッキーアピールの山崎誠士騎手は共に全日本新人王争覇戦の“卒業生”で、この1、2フィニッシュは今年で20回を数える全日本新人王の価値をも高めるものとなった。
2番人気ニホンピロサートはやや道中の追走に苦労した感がある。スタートはほんの少し出負け気味だがそれほど不利はなかった。ただ位置取りを上げようとした辺りで馬群はタイトな1~2コーナーへ。外目をおっつけながら向こう正面へ入ってもまだ中団。最後はさすがの脚でロッキーアピールを追い詰めたが、これを交わせず3着。今回は“地力を示す”というレースにとどまった。
ただし戦前の印象通りまだまだ衰えた感はなく、少なくとも今日は勝った馬がさすがのG1馬だったということだろう。
過去3年連続2着で注目されたノボトゥルーは、ニホンピロサートの直後から一緒に伸びてきたが4着まで。比較的全体のペースが落ち着いたことで馬券圏内まで食い込むことが出来なかったが、上がりの豪脚は健在。メンバー中で最も体重の軽い馬(464キロ、ちなみに12頭中500キロ超が8頭いた)はダート戦線にあっては華奢に映るし、何といってもメンバー中最高齢馬でもあるのだが、その辺りを併せて考えれば驚異的な活躍と言えるだろう。
5着争いを演じたのは地元高知の2頭。ゲイリーファングとマリスブラッシュが共に後方からの決め手勝負で際どい5、6着に。地元戦での先行策をきっぱりと捨ててワンチャンスに賭け、最後はハナ差だけゲイリーファングが先着して5着となった。2頭共戦法に新味を見出せた(マリスブラッシュは最速の上がり37秒9を計時)のは収穫で、これをきっかけにひとつ上の段階を目指して欲しい所だ。
さて今回最も残念な結果だったのが名古屋のヨシノイチバンボシだろう。中団追走から見せ場なく10着というのは本来の実力とは言えまい。冬場はやや体が固くなるそうで、暖かくなって本調子を取り戻せば再び名古屋の短距離エースの走りを見せてくれるのでは…。
さてブルーコンコルドの優勝で、黒船賞とJBCスプリントの相関関係がまた深まった。ノボジャックは黒船賞が重賞初制覇でその年の秋にJBCスプリントも制覇、翌々年に黒船賞2度目の制覇を達成している。サウスヴィグラスは黒船賞優勝の翌年にJBCスプリントを勝ち、マイネルセレクトはJBCスプリントを勝った翌年の黒船賞を制覇している。そして今回のブルーコンコルドでJBCスプリントと黒船賞の両方を制している馬が4頭目となった。スターリングローズ以外のJBCスプリント馬がすべて黒船賞も制している、とも言えるか。今後もこの関係には注目である。
快晴の下、昨年のマイネルセレクトに続いてG1馬がその力量をまざまざと見せ付けるレースになった黒船賞。ブルーコンコルドはこれが重賞5勝目で、芝の02年京成杯2歳Sを皮切りに、後は全てダートグレード競走の05年プロキオンS、05年シリウスS、05年JBCクラシック、06年黒船賞という順の制覇となった。幸英明騎手、服部利之調教師は共に黒船賞初勝利でJRA勢の優勝は8年連続(うち栗東は4度)。父内国産馬(ブルーコンコルドはフサイチコンコルド産駒)が黒船賞を勝つのは第1回のリバーセキトバ(父マルゼンスター)以来2頭目である。
なおレース映像はこちら
http://203.139.216.150/2006032010.asx
(映像の公開は終了しています)
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さて同日行われたのが第20回全日本新人王争覇戦競走。
今年も優秀な新人騎手が集ったこの競走。すでに120勝をマークして、勝率・連対率共にメンバー中最高なのが荒尾の田中純騎手。また中央競馬からは111勝をマークしてすでに東西のトップテンに入る活躍を見せている藤岡佑介騎手。NARグランプリの優秀新人騎手賞に輝いている町田直希騎手らそうそうたるホープ陣に、昨年10月デビューから早くも30勝をマークしている新世代女性騎手の2人、名古屋の山本茜騎手と高知の別府真衣も登場だ。女性初の新人王制覇がなるかどうかも注目となった。
そのゲートインの1日前。すでに枠順も決まった状況で高知競馬の朝の展望番組に出演してくれた森井美香騎手。当日3番人気に推されるコマレンゲが抽選で当たり、チャンスはあると周りからの期待とプレッシャーがじわり押し寄せていたようである。注目を集めている3人の女性騎手だが、成績は他の2人に圧倒されていて、やや気圧される面もあったかもしれない。番組では気丈に「新人王になりたいです」と抱負を述べてくれたが、番組終了後にポツリと一言「馬が、……、走るんですよね」ともらした。プロの騎手になったほどの人だから「普通の娘」とまでは言わない。しかし香川県の小豆島出身の彼女。騎手になろうと決意した経緯はずいぶん他とは違っていたし、そしてまたおっとりとした物腰が勝負の世界とは掛け離れた雰囲気を醸し出すのも事実。そんな彼女の重圧に押しつぶされそうな姿に少々気掛かりも感じたものである。
しかし、やはりプロはプロ。そして彼女の風貌とは違和感を感じる「根性」も、実はしっかりと彼女の心を芯で支えていた。堂々たる騎乗で一生に一度のチャンスを掴んでいく、そんな光景を全日本新人王で披露してみせるのである。
簡単に展開を再現してみよう。内枠の各馬が行く構えを見せるもコマレンゲ(森井美香)がこれらを抑えて先手を奪う。中枠からオーサカヅキ(阪上忠匡)が2番手に押し上げ、ヨナンコンコルド(藤岡佑介)とイズミスミレ(山本茜)が続き、アデランタル(田中純)は後方から早めにこの集団に取り付いていく。パレスシャトー(南谷圭哉)とラックサウンド(津村明秀)が6~7番手。ミスフサイチ(町田直希)とロードアルコ(松戸政也)が中団の後方。セイウンザンは別府真衣がおっつけながら後方から3番手。更に後方からは内を突いて上昇を開始するティッピング(小谷周平)と早めに手応えが怪しくなったフェアーガール(高松亮)という隊列。
3コーナー勝負所からの動きは、コマレンゲが慌てずに後続を引きつけて逃げ、オーサカヅキやアデランタルが外目からこれに接近。更に2番手集団の内に入ってイズミスミレがチャンスを待つ。ヨナンコンコルドはこの3~4コーナーで手応えが悪くなり、代わって最内からティッピングが先団に取り付きいよいよ直線コースに向く。
直線に向いて森井美香の手が動く。コマレンゲが後続を突き放していく。田中純のアデランタルが大外を伸びて2番手に上がってくる。3番手にオーサカヅキだが、追い込み勢からは最内からティッピング、更に盛り返してきたヨナンコンコルドも加わって必死に先頭を追ってくる。しかし先頭はコマレンゲ、3馬身のリードで快心の逃げ切り勝ち!森井美香騎手が女性騎手として初の新人王争覇戦優勝を飾った。
以前にも書いたが新人王争覇戦は「ヒール(悪役)なきレース」である。家族の視点が加わるとも書いた。12名の騎手の12の家族や関係者がそれぞれの視点で切り取る「新人王」がそこにはある。そしてこの競走の勝敗は、実はこの日に決まるものではないかもしれない。今回の黒船賞を優勝した幸英明騎手は、新人王戦参戦の時代から後にスティルインラブで3歳牝馬三冠達成や、ミラクルオペラ・ブルーコンコルドなどでダートグレード戦線の大活躍を見せている。吉田稔、安部幸夫、赤木高太郎、村上忍、福永祐一、吉岡牧子、宮下瞳、左海誠二、片桐正雪、岡田祥嗣、渋谷裕喜、沖野耕二、木村健、大山真吾、和田竜二、安東章、吉田順治、吉原寛人、御神本訓史、山崎誠士、北村宏司、北野真弘、西川敏弘、中西達也、中越豊光、赤岡修次、倉兼育康…。いや、もう書ききれないほどキラ星のように並ぶ新人王争覇戦競走の卒業生達は、それぞれの活躍をもって、今もなお戦っているのかもしれない。
なおレース映像はこちら
http://203.139.216.150/2006032009.asx
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