☆☆☆ 夏草の賦 ☆☆☆
「週刊プレイボーイ」誌に連載されている「たいようのマキバオー」は高知競馬場を舞台にした競馬マンガで、大ヒットした「みどりのマキバオー」の続編である。
この「たいようのマキバオー」に登場するヒノデマキバオー号の主戦騎手の名前が福留隼人という。この名は戦国時代の土佐の大名・長曾我部元親の家臣にあり、司馬遼太郎の「夏草の賦」によれば元親の嫡男・信親の教育係を務めた人物だそうだ。
福留隼人は主従関係を超えて元親に諫言したことがある。曰く、戦地における禁酒令は却って前線の意思疎通を妨げる恐れがあるのでこれを撤回せよ、と。それが元親の怒りを買って殺されてしまうかもしれないにも関わらず、である。
このような土佐独特の気骨のある人物の名を、今回の作品の登場人物に使うところに「マキバオー」の深みがある。司馬遼太郎の“土佐”と言えば「竜馬がゆく」が最も知られているところだが、「夏草の賦」はそれ以前の土佐、あるいは現在の高知県に続く地域的な特徴や、独自の発想法に関する示唆に富む。
この小説には長曾我部元親が土佐の片田舎から“天下”を夢見て権謀を操り、一領具足という独自の制度を“発明”して領土を拡げ、名声を高めた青年期から、信長・秀吉という天下人の前に得たもの全てを失っていく晩年までが描かれている。
時は過ぎ、土佐に山内一豊が入る頃には、南国の気候のためずいぶんと大きく、高く成長した雑草が、まるで何事も無かったかのように元親の名残を覆うのである。
この「夏草の賦」というタイトル。高知競馬の存廃問題と向き合ってきた筆者にとってはずいぶん胸に迫る響きである。以前、廃止競馬場跡を巡る旅をしている個人の方に、筆者の故郷である宮崎県延岡市の競馬場跡の地図を頂いた。
それらは昭和40年代にはすでに競馬を行っていないため、当然筆者の記憶にあるはずもないのだが、調べてみると江戸時代の延岡・内藤藩が馬の育成に熱心であった史実が分かる。今はわずかにその痕跡を残すのみとなった延岡競馬の「夏草の賦」。当時の人馬の営みや熱気を想像すると、まるで自分がそこに居て競馬を見ていたかのような錯覚に陥ることも。
高知の競馬場をそういう想念の世界のものにしてしまって良いか?
☆☆☆ マイナスのスパイラル ☆☆☆
高知競馬は平成15年度から「出来高制」によって運営されている。
収入(主に馬券の売上げ)に見合った予算(支出)を立てる事により、赤字を出さない経営を行うという方式だ。赤字を出さない前提ならば雇用効果などにより地域経済に貢献できるという、現在の高知競馬の存続意義に拠った枠組みであると言えよう。
一方「売上げが下がれば予算を削減する」という方式であるため、マイナスのスパイラルに陥ればこれを巻き返すのには大変な困難を伴う。レースに関わる賞典奨励費や、広報予算を削れば売上げにも直接響く。ここまでは剰余金を崩す事で決定的な危機を回避してきたが、それが問題の根本解決にならない事はもちろん皆分かっているはずだ。
しかし6月の第1四半期末を控え、聞こえてくるのは経費削減案ばかり。中には「そこに手をつけてはまずい」のではないかという内容まで含まれる。
ここまでの売上げから今年度の予算を(売上げベース)マイナス6%と修正したため経費削減案が出てくるのは当然だが、逆に有効な売上げ向上策がなければ更にマイナススパイラルが進行する。
別のある会議では売上げ向上策がなかなかまとまらない要因について、
1、予算
2、人手
3、関係者のコンセンサス
が、不足するとの説明があった。これでは何も出来ないではないか。7~9月の第2四半期に状況が好転する材料があるのならば構わないが、どちらかといえば経費削減が招く売上げの減少で、更に状況が悪化する可能性の方が高い。マイナススパイラルの進行をどこかで止めないと、これまでの関係者一同の努力も空しいものになりかねない。
そこで今回は一つの提案をしたい。
☆☆☆ 競馬運営にあたる新組織を ☆☆☆
提案はとてもシンプル。「高知競馬の運営にあたる新組織の発足」である。
設置者と主催権はもちろん今までどおり。ただし競馬の直接の運営にあたっては投資を募って新たな民間組織を作り、その新組織に業務委託を行うという意味だ。
昨年の秋、筆者は地元・高知新聞の「所感雑感」というコラムに拙文を寄稿させてもらった。タイトルは「逆転劇のキーワード」。このコラムから一部を引用する。
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それではここで、このふたつの「地方を舞台にした大逆転ドラマ」の
共通項をいくつか挙げてみよう。
・危機から生じた背水の陣
・新たな目的の設定
・組織解体、再構成
・外部からの専門知識導入
・これらを支える「投資」
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地元紙に寄せた高知競馬への間接的提案であった。上記にある“ふたつ”とは福島県の常磐ハワイアンセンター(現スパリゾートハワイアンズ)、それからプロ野球の日本ハムファイターズ(現北海道日本ハムファイターズ)の例だったが、競馬の世界でもこの春この方程式で再生を目指すケースが登場している。北海道のばんえい競馬である。
ばんえい競馬はソフトバンクのグループ会社が出資して新たな運営組織を発足させた。新組織は早速「ばんえい」のイメージアップに乗り出し、場内の整備や新規のファンサービスを行った。もちろんインターネットサイトによる情報提供も充実。ゴールデンウィーク開催でこれまでにない入場者を集め、上々のスタートを切った。昨年の秋にはもはや風前の灯と、主催者レベルでは廃止やむなしの流れが出来ていた所からの逆転劇であった。
ばんえい十勝公式サイト
http://www.banei-keiba.or.jp/
なぜ新組織が運営するとこれまで出来なかった事が可能になるのか?
今回この提案に至った大きな理由が2つある。
ひとつめはまず組織そのものの問題である。高知県競馬組合は小規模の自治体という性格を持つ。高知県競馬組合議会を持ち、職員は公務員に準ずる。
お金は全て公金扱いで、外部からの寄付は受けられても投資は受けられない。
黙っていても馬券が売れた時代にはこういった組織の持つ厳格なまでの管理能力が光を放ったが、地方経済の疲弊に加え、民間のレジャー産業との競合という新たな問題を抱える現代においては、もはや小回りのきかない弱点ばかりが目立つようになる。
もうひとつはやはり「投資」の問題だ。
官庁式の単年会計で競馬の経営をやろうとしても、そもそも中長期的な計画など立てようが無い。上記のとおり外部からの援助があっても「投資」は制度上受けられないから、寄付にとどまる。これでは援助を求めても「投資者」が納得するまい。「投資」は寄付ではない。あくまでも黒字に出来る枠組みを作るための「投資」であることが大前提だ。
今のままではひたすら経費削減を繰り返していつか決定的な危機を迎えるのが必定。分かっていながら「有効な積極策がとれない」と現状肯定に終始するわけにはいくまい。
☆☆☆ 小規模競馬場だからこそ投資効果が出る ☆☆☆
高知競馬の新運営組織については様々な形態が考えられるが、任意の法人に高知県競馬組合の業務を委託するアウトソーシング形式か、もしくは高知県・高知市・民間の出資で立ち上げる新法人とする、などが主に想定される。
企業経営と競馬運営の両方に精通する組織、あるいは人物に入ってもらうことが必須条件。これだけ地方競馬の連携が進む中では、全体のコンセンサスを得ながら高知独自の経営を考えられるというバランス感覚が重要になる。
運営会社の利益は業務委託費よりも売上げの何%というインセンティヴが設定される方式が望ましい。現在はマイナススパイラルの影響で有効な売上げ向上策が取れていない。だからこそまだ伸びしろはある。本場開催だけでなく、ナイターのある南関東や、この春から始まった兵庫の場外発売分などもまたしかりである。
平成18年度末における高知県競馬組合の赤字はゼロ。つまりここまで組合を含む高知競馬関係者が頑張ったお陰で、新運営組織はプラスマイナスゼロからのスタートが切れる可能性がある。経営そのものの抜本改善、またこれまでになかった民間活力と展望があれば、小規模競馬場だからこそその投資効果は大きいと予想される。
「投資は時として希望を生む」とは村上龍氏の著書の副題である。
いかにして高知競馬の未来を組み立てるか、今こそ考える時が来たのではないだろうか。「金も人もコンセンサスも不十分」であるが、それでも我々には競馬がある。ここからもう一度知恵を絞ってもらいたい。
高知競馬を「夏草の賦」とせぬために。