高知競馬リーディングジョッキーの常連で、第1回黒船賞をリバーセキトバで勝った事でも名を上げた北野真弘騎手(土居高知厩舎)が来年1月4日の騎乗をもって騎手免許を返上する事が決まりました。つまり高知競馬所属の騎手としては15回開催の最終日、1月4日の騎乗が最後になるのです。
今回の騎手免許返上については”引退”が理由ではありません。今後別の競馬場で再デビューするための一時的な措置となります。うん?何だか良く分からない…。それは当然の事だと思います。いくつか説明をしなければなりませんね。
何はともあれ、北野騎手のこの決心は高知競馬場の関係者を驚かせました。
「なぜこの時期に…」「一緒に頑張りたかった」「何かトラブルでもあったのだろうか?」、関係者のとまどいは存廃論議の真っ只中にある現在だからこそより一層の広がりを見せました。
しかし、北野騎手の決意は次第に周囲を納得させていきました。「より高いレベルへの挑戦」。これこそが北野騎手の気持ちを動かしていたのです。
ご存知の通り、昨今は地方競馬所属騎手の全国的な活躍が目立つようになりました。笠松の安藤勝巳騎手、兵庫の小牧太騎手らは地方競馬のみならず中央競馬でも大活躍を見せ、更に今後は騎乗のベース自体を中央競馬に移そうという動きを見せています。これは主にJRA認定競走が行われている競馬場のトップジョッキーが、特別指定競走(地方馬が中央競馬に出走できる)のチャンスを生かして中央でその腕前を披露したことに始まります。フロンティア的存在となった安藤勝巳騎手を皮切りに各地の名騎手が次々と中央競馬で勝ち名乗りを上げて、今ではファンにとっても頼もしい存在となっているようです。
ちなみに地方所属騎手の2002年JRA成績トップ5は
1 笠松 安藤勝巳 44勝
2 兵庫 小牧 太 21勝
3 兵庫 岩田康誠 18勝
4 名古屋 吉田 稔 17勝
5 船橋 石崎隆之 13勝
と、なります。
しかし残念ながら、過去に高知競馬所属の騎手がこの特別指定交流競走で中央競馬での騎乗を果たした例はありません。サラブレッド系2歳新馬の入厩が少ないためJRA認定競走を行える環境が整わないのです。もちろんイージースマイル(報知杯4歳牝馬特別、赤岡修次騎手)、オオギリセイコー(皐月賞TR若葉特別、北野真弘騎手)と高知所属馬が阪神競馬場に登場したのは記憶に新しいところですが、この2例はまたちょっと違うケースです。
腕なら負けないはずなのに…北野騎手が、いや高知競馬の騎手達が長年秘めてきた想いは相当なものだったでしょう。それは実は安藤勝巳騎手が中央競馬で活躍するオグリキャップを見ながら秘めた想いと同質のもの。なぜ自分はあそこで乗れないのだろう、なぜ自分はあの場所にいられないのだろう…。そういった状況は、ステッキ1本を持って世界を飛び回るラン・フランコ・デットーリ騎手らに比べてなんと「不自由」な話でしょうか。
年齢的にも33歳となった北野真弘騎手には焦燥感が生まれていた事でしょう。カイヨウジパングやミストフェリーズで挑んだ岩手や名古屋のグレードレースで、彼は身の震えるような緊張感と興奮を味わい、アスリートとしての歓びを味わっていたのだと思います。より高いレベルのレースで騎乗するためにその方法を模索した結果が、今回の決心につながったのです。
もちろん、彼にはリバーセキトバで制した黒船賞での想い出があります。そして今でも名前を挙げるイシノサコンは嬉しかった初重賞制覇(二十四万石賞)のメモリアルホース。亡くなった兄、天祥さんと共に騎乗したデビュー当時の懐かしい時間。そして何よりも生まれ育った街でレースに騎乗するという、人間の原点に訴える喜びがすべて高知競馬場のトラックに沁み込んでいるのです。
誰が高知競馬を離れる事をベストと考えうるのでしょうか。実は長年リーディングジョッキーとして活躍した彼こそが、本当に高知競馬を愛していると言えるのではないでしょうか。それでも「ベター」として次のステップへ向かう事を決意した彼を、一人のアスリートとして気持ちよく送り出してあげたいと感じます。
少し状況の説明をしておくと、通常の地方競馬の騎手は全員が厩舎に所属してその厩舎の馬を調教するなどして固定の「給料」をもらっています。これに加えてレースでの騎乗手当や進上金(賞金の5%)を収入とするわけです。
北野騎手の場合は、所属は土居高知厩舎なのですがこの給料を受け取らず、実質的にフリーの立場で騎乗してきました。リスクがあるかわりにレースで結果を出せばより収入が得られるという形態です。しかしここに来ての賞典奨励費(賞金)減額は彼のスタイルには厳しい結果を生みます。
この夏に腸炎を患い長期の入院を余儀なくされた間、彼には考える時間が生まれました。今更、この騎乗形態を変えれば他の人の収入を自分が奪う事だって考えられるわけです。ただでさえ厳しい状況の中、彼がどのような判断をしたのか推察してみると、実に悩みぬいた上の決断である事が浮かび上がってきます。
しかし、次なる問題は「なぜ騎手免許を返上しなければならないのか」という疑問です。地方競馬の騎手免許は全国共通で交付されているはずなのですが、残念ながら今回の彼の挑戦は「少なくとも1年間は免許を返上しておく」事によって道が開かれるそうです。
私は常にこのコラムで「囲い込み」という概念を批判してきました。日本社会の「どうしようもないほどの悪癖である」と感じています。もし競馬がスポーツとして認知されたいのであれば、現在の制度はもはや旧時代の遺物として徹底的に検証しなおす必要があるでしょう。将来、日本中の全ての騎手がステッキ一本を持ってどこででも騎乗できるようになる日が来る事を痛切に願います。
北野真弘騎手は「高知競馬所属」として最後の開催に臨みます。
意外なことにまだ勝った事のない「高知県知事賞」を含め、この5日間は万感の想いをもって騎乗することになるでしょう。ファンの皆さんに直接ご挨拶をする予定もあります。どうぞ皆さん、彼の旅立ちを応援してあげてください。