アスリート作り その6
アメリカ・エメラルドダウンズ競馬場は美しい緑の都市、シアトルの郊外にある。往路のノースウエスト航空のアテンダントが「あらエメラルドダウンズに行くのね、私も先週行って自分の賭けた馬の名前を大きな声で叫んできたわ」。もちろん原語は英語であるからおおまかなニュアンスでしか分からなかったが、おそらくこんな内容で、地元の人々に愛されている様子が伝わってきた。
この競馬場の厩舎の調教時間帯を3日くらい続けて見に行った。そこでは調教方法、クーリングダウンのやり方、装蹄の様子など様々な勉強をさせてもらったが、ひとつ驚いたのは「吊り草」とでもいうべき厩の習慣だ。
厩舎の造りが明るく開放的で、もちろんカントリー専門のラジオ局に合わせてあるラジオがガンガンかかっていたりするし日本の厩舎風景とは違ったムードなのだが、その「吊り草」は際立ってこちらの目を引いた。馬房の前の壁にネットに入った干草が吊るされていて、馬達は好きなときにその草を食べる事ができるようになっているのである。
前回、馬は低栄養の食事を1日中取り続ける習慣があると書いた。野生の馬は肉食獣から身を守りつつ、多種多様な植物を食べる傾向があって味のバリエーションを求めている。とすると、彼らが馬房にほぼ1日中閉じ込められる事によって何が起きるか。
何かを口に入れたいという欲求不満からサク癖(いわゆるグイッポ)や熊癖(左右に揺れる落ち着きの無い動作)が起きる。更に敷き藁や自らの排泄物を食べてしまう極端な悪癖までがこの欲求に対する反応で起きてしまうのだ。これに加えて運動不足ともなればあの長い消化器官がうまく機能せず仙痛を起こすという悪循環までのフルコースがその馬を待っている事だろう。
吊り草ですべてが解決できるわけではないが、少なくとも四六時中何かを食べていたい本能を持つ動物にとっては、随分ストレスを解消できる効果がある事だろう。悪癖は決して競走能力にも良い影響を与えない。そういった理由を知って、なるほど合理的だと吊り草を見直した次第である。
高知競馬場内実況 橋口浩二