イブキライズアップが戦線に復帰する。5月8日の能力検査、第2Rに登場した際の馬体重は506kg。昨年よりやや芦毛の色が白く映ったが、それでもすーっと伸びた馬体の美しさは相変わらずで、騎乗した倉兼育康騎手も「何よりも乗り味の良さがすごいですね」と興奮を隠さない。3コーナーで一度ステッキが入ったのは調教師からの指示だったそうで、良馬場を1分26秒6の入線ならまずまずの内容と言っても良いだろう。
注目の復帰予定戦は5月16日の四万十特別。建依別賞のトライアルにあたり、昨年はこのレースで16連勝目、しかもぶっちぎりの強さを見せたレースだった。
ここであらためて同馬の経歴を挙げておく。
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☆3歳
01/ 9/30 JRA新潟 D1200m
14頭中11番人気 9着 1:16:1 良
(中央登録抹消→高知競馬へ)
☆4歳
02/ 1/ 3 E級 D1300m
10頭中4番人気 3着 1:28:4 良
02/ 1/21 E級 D1300m
10頭中5番人気 1着 1:24:7 不良
02/ 2/16 E級 D1300m
11頭中1番人気 1着 1:27:2 良
02/ 3/ 2 E級 D1300m
10頭中1番人気 1着 1:25:7 重
02/ 3/17 E級 D1300m
11頭中1番人気 1着 1:24:5 重
02/ 4/ 7 E級 D1300m
10頭中1番人気 1着 1:22:7 不良
02/ 5/ 4 D級 D1300m
11頭中1番人気 1着 1:23:2 不良
02/ 5/11 D級 D1300m
8頭中1番人気 1着 1:24:0 不良
02/ 6/24 D級特別 D1300m
11頭中1番人気 1着 1:23:0 不良
02/ 8/ 9 D級特別 D1300m
12頭中1番人気 1着 1:23:4 不良
(6ヶ月休養)
☆5歳
03/ 2/10 C級 D1300m
10頭中1番人気 1着 1:23:5 不良
03/ 3/ 9 C級 D1400m
10頭中1番人気 1着 1:31:6 重
03/ 3/22 C級招待 D1600m
10頭中1番人気 1着 1:43:8 不良
03/ 4/27 B級 D1600m
10頭中1番人気 1着 1:45:3 重
03/ 5/10 AB混合 D1600m
9頭中1番人気 1着 1:45:0 稍重
03/ 5/18 A級特別 D1400m
10頭中1番人気 1着 1:29:5 稍重
03/ 6/15 四万十特別 D1600m
11頭中1番人気 1着 1:41:7 不良
03/ 6/29 A級特別 D1600m
11頭中1番人気 1着 1:43:1 不良
03/ 8/ 3 横浪特別 D1400m
12頭中1番人気 1着 1:30:4 良
03/ 8/18 サマーチャンピオン D1400m
11頭中5番人気 6着 1:28:9 良
03/ 8/31 A級特別 D1400m
11頭中1番人気 1着 1:30:8 良
03/ 9/28 A級特別 D1600m
11頭中1番人気 1着 1:46:8 良
03/11/30 A級特別 D1600m
9頭中1番人気 1着 1:43:7 不良
(以降、休養中)
-レース名等はかなり簡略化したが、四万十特別と横浪特別が準重賞で、サマーチャンピオンは佐賀競馬場で行われたダートグレード競走(G3)-
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こうして改めて見てみると、18連勝のインパクトはもちろんだが、下級条件の頃から時計が優秀であることが分かる。高知競馬のコースではいくら不良馬場とはいえ、下級条件戦のペースで1300m1分22秒台はなかなか出るものではない。これがもしスプリンターの体型や血統で、いかにもの“短距離屋”ならばそれだけで評価するのは危険だ。しかしイブキライズアップは大跳びの中距離タイプで血統的にも決してスプリント向きではない。花本正三騎手からは「あれだけ背中のいい馬に乗った事はない」との感想を聞いていたから、これは久々の「大当たり」ではないかと早くから期待させる馬であった。
普通の馬の走るリズムが【タカタン、タカタン】だとすると、この馬の場合は【ダトゥーン、ダトゥーン】。芦毛の伸びやかな馬体が加速を見せるとなんとも言えない優雅さをも感じさせる。スピード感はないのに後続をちぎってしまう映像には凄みがある。しかも恐るべき事実がある。イブキライズアップは勝負所で追われているときも耳を絞っていないのだ。馬が耳を絞るというのは恐れや攻撃的な気分を現すとされているが、競走中に追われているというのは鞍上のサインを受けて前の馬を交わしに行っている訳だから耳を絞っている状態が一般的だ。しかしイブキライズアップは圧倒的な加速で各馬をゴボウ抜きにしながら、耳を立てて、いわば遊びながら連勝を続けていたわけだ。しかもゴール写真の大半では目を半分閉じて「あ~、今日もお仕事終わりだね~」と言わんばかりの柔らかな表情を見せている。騎手招待競走で騎乗した明神繁正騎手が「あの馬、まだ真面目に走ってないですよ。まともにハミも取らずに遊びながら楽勝でした」と語っているところからも分かるように、まだまだ100%の力がどれくらいなのか、実はまだ分かっていないのかもしれない。更に厩舎で撮影された素顔の写真も賢さを湛えた魅力的なもので、これだけスターホースの要素を持ちあわせた馬も珍しい。
ただし、脚部不安は常に同馬につきまとう。中央時代から蹄底の骨瘤や深管骨瘤、今回の休養の原因となった後脚の故障など、やはりポイントはこの部分の克服にある。一言で言えば体質が弱いということにもなろうか。当然ながら半年の休み明けで登場する次走において以前の通りの能力を発揮できるかどうかも保証の限りではない。また故障を繰り返したせいだろうか、馬自身にも独特の自己防衛反応があるという。高知競馬のある獣医師に伺ったのだが、「あの馬は非常に賢くて、自分の体に異常が起きそうになると、自ら馬房で休む姿勢を取ったりします。一方、ナムラコクオーだと闘争本能に火が点くと自分の体(脚)の事など考えずに突っ走ってしまうところがありますね」との話である。この獣医師さんの話は大変面白く、いずれまた色々な馬についてのエピソードを発表してもらいたいものだ。
さて、イブキライズアップは過去に現れた高知競馬のスターホース達と比べてどんな位置にあるのだろうか。筆者はこの10年程度の馬しか生で見ていないため、それ以前の馬については伝聞や記録を元に推測するしかないのだが、ちょっとこれまでの名馬を振り返ってみようか。
◎ヤシマナショナル
東京大賞典、東京盃という現在のG1、G2を勝った馬が高知へ移籍。これは相当話題になった事だろう。高知競馬では高知県知事賞、地全協会長賞を勝った他、70キロ以上の重斤量を背負っても勝ち星を挙げていたそうだ。チャイナロックの産駒で相当なパワーを想像させるが、一方で東京盃を制しているわけでスピードもかなりのものだったのだろう。ちなみに高知県知事賞勝ちは1972年で、筆者は幼稚園に上がるかどうかという年齢だった・・・。
◎ニッポースワロー
JRAでニュージーランドトロフィー4歳S勝ち。高知では建依別賞を3年連続制覇しているが、3連覇の年に良馬場でマークした1分27秒6というタイムは、第2回黒船賞(不良馬場1分26秒0)でテセウスフリーゼが破るまで不滅と言われたレコード。馬場の違いやペース等を考えればこれも相当破格の記録だろう。引退後は種牡馬となっており、高知競馬で走った競走馬の種牡馬入りは当馬の他にゴルデンビューチ、スリーバーグ、ヘラクレス、エイシンキンボールにアラブのタカサゴスピード、ハッコウマーチなどがいる。
◎マルカイッキュウ
中央OPからの移籍後、平成9~10年度の高知県知事賞をレコード勝ちを含めて2連覇。建依別賞や二十四万石賞をも制して一時代を築いた名馬だ。何と言ってもその競走成績のハイライトは金沢に遠征した白山大賞典G3。あのキョウトシチーに肉薄しての2着はすごい。ブレイヴェストローマン産駒らしいダートでの底力を高知のファンに見せ付けた馬だった。
◎リバーセキトバ
中央競馬・南関東で鳴らしたダート短距離の追い込み馬という個性派。クラスターCやかしわ記念などで3着があったものの、脚質からももう一歩が届かない惜敗タイプだった。高知移籍後はその持ち前のパワーが水を得た魚のごとく威力を発揮。今や伝説となっている第1回黒船賞だが、まったくの人気薄ながら後方から各馬をごぼう抜きにする姿は三国志演義に登場する「一日に千里を駆けるという赤兎馬」のようであった。
◎メイショウタイカン
自分の型にはまれば、というエクスキューズ付きながら最強候補の一頭だ。先行脚質だが、タイプでいうと走りつつエネルギーを溜める特徴があったので、上がりが追い込み馬並という手に負えないレースを見せる事もしばしば。第2回黒船賞では2着メイショウモトナリとクビ差の接戦を演じて3着入線。アンバーシャダイ産駒らしい息の長い活躍も頼もしかった。
マルカイッキュウ・リバーセキトバ・メイショウタイカンの3頭は平成9年から10年のほぼ同時期に現れたから、この時期の高知競馬が非常に高いレベルのレースを行なっていた事が分かる。ちなみに佐賀競馬場に遠征したハッコウマーチが西日本アラブ大賞典を制したのも平成9年だった。またこれらの高知競馬史に残る実績を残した馬に加え、高知デビューあるいは生え抜きに準ずるような立場から全国を目指したのが下記の馬達だ。
◎イージースマイル
高知所属馬として初めてJRAのクラシック・桜花賞を目指した名牝。金の鞍賞、佐賀・花吹雪賞、黒潮皐月賞、高知優駿、RKC杯と重賞5勝だが、何より価値があったのは3歳時に臨んだ建依別賞で2着となったこと。残念ながらそこで骨折してしまったことでその後の競走成績は振るわなかったが、示した可能性は高知競馬デビュー馬としては最高のものだった。
◎カイヨウジパング
高知競馬の初代三冠馬でダービーグランプリG1で6着という実績を残した馬だが、この馬で忘れられないのは高知から岩手までという超長距離輸送を2度経験。なぜなら一度目は降雪でレースが順延になったためだが、それでもひるまず再度の輸送で6着という結果が素晴らしいではないか。人気の高かったジェイドロバリー産駒で高知生え抜きデビューというのがオーナーの心意気を示しているが、残念ながらノド鳴りを起こすなど古馬になっての活躍は見られなかった。
◎ミストフェリーズ
実力もあったが、ゲート離れが悪いという癖が忘れられない超個性派。ゲートそのものは出るのだが、2~3歩は並足で行ってからギャロップに移るという走りっぷりながらオープンクラスまで出世したのだから恐れ入る。ある時などはゲートから出て数歩進んでピタリと止まって走らなくなり、そのまま競走中止というアクシデントまであったことを思い出す。しかしそんな癖馬も、徐々に大人になると実力を発揮、中央未勝利からの移籍馬が高知県知事賞で2着、更にダートグレード戦線で入着を繰り返すのだから分からない。マーキュリーCG3でゴール前一杯となったオースミジェットを新潟のエビスヤマトと共に追いつめたシーンはすごかったが、この時の3着が最高の成績だった。
◎オオギリセイコー
カイヨウジパングに次ぐ2代目の三冠馬。とにかくパワーとスタミナは無尽蔵という恐ろしい馬だった。デビュー直後に兵庫ジュニアグランプリG3に挑んで4着、3歳春にはJRA阪神競馬場の皐月賞TR若葉Sに臨んだが最下位入線。ただし、最後まで馬はまったくバテていなかった。蹄が掴む砂がなくて困惑しているようでもあり、つまり芝はまったくだめだったように思う。仮にダート5000m級のレースがあればチャンピオンホース・・・なんて想像は冗談だが、馬そのものは惚れ惚れするようないい馬だった。
◎ウォーターダグ(現役馬)
中央未出走から高知デビューというパターンで初めて高知県知事賞を制した馬。その後の活躍はお馴染みだが、高知県知事賞は3度制しており、重賞競走8勝は高知競馬記録でまだまだ伸びる可能性がある。交流重賞への遠征も積極的だったが、地元の黒船賞で4着というのがダートグレードでの最高成績。好調時にははちきれんばかりの筋肉で馬体が覆われ、母の父ブレイヴェストローマンが良く出ているのか走法は明らかに四輪駆動でダート向き。
◎マチカネホシマツリ
良血馬というのは近年、本当に高知競馬にも良く入厩するようになった。これは良血の定義がやや変化してきたこともあろうが、それでも世界レベルの良血馬というのはなかなかお目にかかれない。
英G2(現G1)フィリーズマイル勝ちのインバイテッドゲストを母に持ち、父が泣く子も黙るフォーティナイナーという馬が中央未出走のまま高知でデビューとなれば、これはもう“事件”だった。
気性面はさすがにビーマイゲストを受け継いでか激しかったようだが、馬体も垢抜けており成績もそれに見合うものだった。建依別賞でメイショウタイカン以下を降して重賞初制覇、珊瑚冠賞勝ちを挟んで挑んだ笠松・全日本サラブレッドカップだったが、輸送中に気性の激しさを見せて(馬運車の床を蹴破ったと言われている)レースの頃にはもうグッタリの状態。距離不向きの高知県知事賞は疲れもあってか惨敗。黒潮スプリンターズカップ2着からいよいよ黒船賞というところで故障発生。スケールの大きさを垣間見せながらも全国区で実証する前に競走生活を終える事となった。
さて、イブキライズアップは上記の各馬と比べてどの位のレベルにあるのだろう。筆者としては昨夏のサマーチャンピオン6着というのは初重賞・初輸送・距離適性等から考えて十分合格点だと考えている。また花本騎手が果敢なチャレンジスピリットを見せてくれたことも褒め称えたい。逃げ切っての圧勝だったロングカイソウに対してただ1頭挑む姿勢を見せたのは今後の糧にもなろう。できれば次の全国区挑戦に関してはイブキライズアップの土俵である中長距離レースで見てみたい。まずは順調な復帰、そして初重賞制覇とステップを踏むべきだろうが、この馬に対する期待はそのレベルで終わるものではない。マルカイッキュウでさえ成し遂げられなかった「遠征でのダートグレード制覇」、ぜひ狙ってもらいたいし、また条件が整えば十分可能な馬だと思う。
それにしても過去の高知所属馬の遠征時のエピソードをひも解いていくと、輸送競馬や交流重賞に臨むという事に関してもう少しノウハウの蓄積が必要であると痛感する。ハッコウマーチの歴史的勝利にしても馬体重は大幅減であったわけだし、最近ではコウエイエンジェル、トライバルジャガー、ダスティーと次々に遠征時に故障を起こしている。今後はエスケープハッチ、マルチジャガーが相次いでと遠征する予定だが、何とか力量を発揮できる状態でレースに臨んで欲しいものだ。
挑戦する事にリスクは付き物だ。それでも高知所属馬が四国の外に打って出る事には相応の対価がある。それは実は高知競馬の存在する意義にまで繋がっている。賞典奨励費の削減に対して懸命に努力を続ける厩舎の現場を知れば知るほど、気持ちを奮い立たせて主張したい。「さあ行こう高知競馬、未来は掴み取るものだ」。
エスケープハッチが、マルチジャガーが、そしていよいよイブキライズアップが舞台へと登場する。